宗次 涼子

Ryoko Munetsugu

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株式会社ニュージーン 代表取締役
兼 大手人材サービス企業勤務
宗次涼子

1978年生まれ。関西学院大学卒業後、化粧品会社で代理店営業に携わった後に、大手人材サービス会社に転職。転職と同時に東京単身赴任となり、人材サービス部門の新規開拓営業、代理店営業などに4年間従事する。出産を検討し関西拠点に異動。同時に営業マネージャーに昇格。その後再び子供と二人東京に戻り、営業部長・事業部長・グループ会社取締役を務める。現在も同社に勤務の傍ら、本サイトを運営する株式会社ニュージーンを立ち上げ、代表取締役に就任。5歳になる女児の母。

キュレーターの想い

子供の「これが好き」「これを突き詰めたい」を見つけるため、習い事やアクティビティなどさまざまな体験を通して視野を広げるサポートをしたい

経営者の夫を関西に残し、娘と2人で東京赴任中

娘は現在、5歳。彼女が2歳になった時、会社を経営する夫を関西に残し、2人で東京に赴任してきました。現在は、平日は娘と2人、週末には月に2、3回ペースで夫が上京して家族水入らずの時間を過ごしています。

夫とは大学時代に知り合い、25歳で結婚。当時は大阪で化粧品会社に勤務していましたが、以前から「もっと広いフィールドでチャレンジし、ビジネスパーソンとして世の中に貢献できるレベルまで成長したい」という思いを持っていたため、結婚して間もなく東京にある大手人材サービス会社に転職を決めました。
19歳からの付き合いで、私の性格や志向を知り尽くしている夫は特に反対しませんでしたね。自身も事業をしているので、「いちビジネスパーソンとして、東京という大きなマーケットで勝負したい気持ちもわかる」と理解を示してくれました。双方の両親も、全員仕事を持っているため、心配はされたものの最終的には応援してくれました。

家族からもらった最大の成長チャンス。3年間はがむしゃらに働こう、そして新しいフィールドである程度手応えがつかめた後に子供を産もうと決めていました。そして少し計画には遅れましたが、32歳で出産。当時は、関西の拠点に異動していたので、夫や両親のサポートを受けながら働き続けました。

仕事を通じて成長し続けたい…出産してもその思いは変わらなかった

実は、子供が生まれたら何かしらの心境の変化があるのでは?と考えていました。それまで仕事第一で突き進んできましたが、その思いが薄れ、もっと家庭を守るために時間を投下したくなるのではないかと。でも全く変化はありませんでしたね(笑)。もちろん子供は可愛い、でもやっぱり仕事も大好き。力不足で悩む事は多々あるけど、「仕事が自分を人として成長させてくれる」…という思いに微塵のゆらぎもありませんでした。改めて、仕事と育児の両立を決意し、出産後3カ月で職場復帰しました。

すでにマネジメント職に就いていましたが、出産後は仕事にブレーキをかけるというイメージが嫌で、逆にアクセルを踏もうと、復帰してから次々とミッションを増やしてもらいました。勤務先の次世代リーダー研修にも参加させてもらい、毎月東京に0歳の子供を連れて泊り研修にも参加。両立は予想以上に大変なものになりましたが、私は環境に恵まれていました。

母、義母とも仕事を持ちながら子供を育て上げた「ワーママ」のはしり。「仕事をしながら子育てをするのは当たり前」「自分たちも通った道。困った時はお互い様」という考えなので、2人も忙しい中なんとかサポートしてくれました。しかも、私の妹は保育士であり、私より先に出産した先輩ママ。困った時にはすぐ飛んで来てくれました。
…実はこれ、すべて想定内。どうしても手がかかる2歳までは、サポートを受けられる環境にいたいと考え、出産前に自ら関西に異動を申し出たんです。もちろん、私ができることは最大限行ったうえでサポートを得るようにしましたが、特に子供が1週間入院したときなど、本当に助かりました。いくら感謝してもし切れませんね。

シッターさんの助言を機に、オンオフの切り替えを徹底

そして、娘が2歳になったのを機に、再度東京に戻りました。今度は、私と娘、2人での赴任。東京を離れて3年、メンバーも役割も変わり、全く新しい環境での一からのチャレンジです。皆に心配されましたが、私は敢えて大変な環境に飛び込み、高い目標に向かって突き進むことにワクワクするタイプ。「チャレンジしないで後悔したくない。万が一ダメだったらまた戻ればいい」と前向きに考えました。

新しい生活の中で心掛けたのは、オンオフの切り替えです。いくら仕事が忙しくても、仕事に関する気になりごとがあっても、家に帰り、子供と接するときには、いったんスパっと忘れるよう努力していました。
実は東京に戻って半年ぐらい経ったころ、信頼しているシッターさんに「娘さんがお母さんの顔色をうかがっている様子が感じられる」と指摘されたんです。自分では、気持ちを切り替えているつもりだったのですが、新しい役割をこなすのに精いっぱいで、知らず知らずのうちに顔に出ていたのかもしれません。
「忙しい」を言い訳にして、子供に負担を掛けてしまっては本末転倒。その時から意識して、もっと切り替えられるよう努力しました。仕事のことで頭がいっぱいで、なかなか切り替わらないときは、買い物をして帰ったり、お茶をして頭を休めてから帰るなどの工夫をしたところ、すぐにシッターさんから「表情がだいぶ変わりましたよ」と報告を受け、嬉しかったですね。プロである第三者の視点の大切さを思い知りました。

より良い環境を実現するため、妥協せずに努力する!

先のエピソードもそうですが、自分の成したいことのために子供に我慢を強いてしまうのは本末転倒だと思っています。
もちろん、自分も子供もやりたいことを100%叶えるのは難しい。でも、諦めずに最大限の努力をすることを自分に課しています。

例えば、東京で保育園に入れたのですが、関西の保育園に比べて室内がとても狭く、外でも遊ばせてもらえない。ずっと室内でじっとしていてつまらなそうだし、体を動かさないから夜全然寝つかないんです。「東京だから、都心だから仕方がない」と諦めず、もっと子供がイキイキできる環境があるはずだと調べまくり、今通っている私立幼稚園を見つけました。ここはさまざまなアクティビティを用意してくれるうえ、希望者には幼稚園の後にお稽古に連れて行ってくれるんです。娘の希望を聞いて、現在は体操教室とサッカー、バレエを習わせています。平日にお稽古に通わせてもらえるので、週末は娘とベッタリ、水入らずの時間を過ごせています。

会社のメンバーとの飲み会にも、積極的に連れて行っています。子供がいると、平日の飲みニケーションにはなかなか参加しづらいのですが、メンバーの気持ちを理解し、関係性を深めるには大切な機会。子連れで参加することで、メンバーとの交流も測れますし、私の状況を分かってもらうこともできます。また、みんなにも子連れで参加してもらえるよう場の雰囲気作りは気を付けています。娘も、「お母さんはこういう人たちと一緒に仕事をしているんだ」と感じているようで、仕事に対する理解が深まってきたと感じますね。

子供のやりたいことは最大限尊重。体験こそが将来の糧になる

娘には、自分で考え、決断できる大人になってほしい。そのために「子供がやりたいこと」を最大限尊重しつつ、さまざまな機会を提供していきたいと考えています。
 
2、3歳のころからネイティブの先生に英語で習うスポーツジムやスイミングスクールに連れて行ったり、山登りに連れて行ったり、短期でハワイの親子ホームステイにも行きました。海外旅行にも積極的に連れて行き、すでに15カ国ほどを経験しています。色々な景色を見せ、さまざまな体験をする中で、視野が広がり、その中で感じること、考えることも増えるはずだと思うからです。

母である自分が経験していなかったり、不得意とする分野は、つい省きがちになりますが、意識してそういう分野も娘には経験してもらいたいですね。経験する、しないでは雲泥の差。経験の幅が、必ずや彼女の将来の糧になると考えています。
それに伴い、私自身の視野も広がっていると感じますね。例えば山登りや虫捕りなんて今までやったこともないし、やろうとも思いませんでしたが、娘がやってみたいと言ったのでアクションできました。娘とともに、自分も新たなチャレンジができていることを、嬉しく思いますね。

これから先、娘がどういう選択をしていくのかはわかりませんが、本気で選んだ道であれば親として最大限応援してあげたい。このサイトは自分がまさに欲しかったもの。自分で作ったサービスで、娘だけでなく、多くの子供たちの興味を広げ、本当に好きと思えること、突き詰めたいと思えるものを見つけてもらえるサービスに育てたいと思っています。