教育という病

中野円佳のナナメ読み ◆内田良『教育という病』(光文社新書、2015年)

すべての学校関係者、そして子育て中の保護者に読んでほしい。「感動的だから」「一体感をうむから」「教育のためだから」…という論理によって学校で起こる生徒・教師への様々なリスクがテーマ。

この本が取り上げるのは、組体操をはじめとする学校内での活動によって、重い障害や生死にも関わるような事故がいかに「典型的」に起こっているか。知識さえあれば防げたもので子どもを亡くすようなことがあれば悔やんでも悔やみきれない。本著に書いてあっても尚「怪我はつきもの」「危険だからと止めていたら何もできなくなる」という反論をする人たちがいるようだが、その人たちには著者が提示している事故発生率のデータと、その「怪我」や「危険性」の深刻さの中身を見てから口を開いてほしい。

部活動における「過剰指導」は親としても熱血指導の先生の精神論を否定しにくい面もあるのだろうけど、熱中症の基本的な知識とかは持っていてほしいと感じた。実際、著者が指摘してきた柔道事故については社会問題化し認識が広まった2012年以降、死亡事故がゼロになっているという。

このほか、多様な家族のあり方の実態に反して生い立ちの振り返りなどを求める「2分の1成人式」の問題なども扱う。私たちは、たとえば結婚披露宴で子供のころからの写真を振り返り、コテコテの性別役割規範アナウンスとともにファーストバイトをして、最後に親への手紙を読む・・・という「感動テンプレート」が大好き。

でも結婚式をやるかは個人の自由だし、テンプレートもオプションだから選ばなければいい。ところが「2分の1成人式」ではいわばこのような生い立ちの振り返りや親への感謝が「集団」で「強制」されている、と著者は指摘。自分の家庭から想像力を広げられずにこのようなイベントが公的に行われることに拍手喝さいを送る保護者にならないようにしたい。

決して教師や学校が悪いというわけではなく、著者はむしろ社会や保護者が求めていることにより教師側も様々なリスクを抱えている構造を指摘している。子どもが乳幼児の育児世代には少し先のことのようにも思えるかもしれないけれど、たとえば0歳児にまで演目を割り当てる保育園の運動会なんかは「親の感動」のためのもののように思え、構図は似たようなものかも。他人事とは思えない内容でおすすめ。