幼児教育の経済学

中野円佳のナナメ読み

◆ジェームズ・J・ヘックマン『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社、2015年)

http://www.amazon.co.jp/dp/4492314636

「5歳までの教育は学力だけでなく健康にも影響する」「6歳時点の親の所得で学力に差がついている」「ふれあいが足りないと子の脳は委縮する」――。この本の帯に踊る文言に慌てる子育て世代は多いのではないでしょうか。別に帯に嘘が書いてあるわけではないのですが、実際に本を読むと、ちょっと本を売るための「煽り」が過ぎるかな、という印象を受けます。

 

ジェームズ・ヘックマンの主張は日本でも以前からこの本の解説も書いている大竹文雄教授などにより紹介されており、今年来日して慶應義塾大学で講演をされたことなどもあり出版につながったのかもしれません。ヘックマンの主張のベースになっている「ペリー就学前プロジェクト」は就学前教育の効果を40歳まで追跡調査したというプロジェクト。40年近くフォローしたという点で考えるだけで気が遠くなるような研究で、非常に価値があると思われます。

 

この調査で明らかになったこととして強調されているのは、いわゆるIQのような「認知的能力」だけではなく、意欲、長期的計画を実行する能力、他人との協働に必要な社会的・感情的制御などの「非認知能力」が人生の成功を左右するという点と、成人してからではなく就学前の教育が「効率的」であるという点です。

 

ただ、それだけを前面に出されると、高所得の育児世代が「我が子も幼児教室に通わせたほうがいいの!?」「今からじゃもう遅いの??」などと焦るわけですが、そこはちょっと注意が必要です。なぜなら、このプロジェクトが対象としているのは米国の低所得層で、ここで言う「人生の成功」は学歴、収入や持ち家率も入るものの、生活保護受給率や逮捕者率といったもの。「効率的」というのは所得格差縮小とか貧困対策という意味の社会全体の経済的効果についての話だからです。

 

本のパート2では、他の専門家からの「別のもっと大規模な研究では差が出ていない」「幼少期以外の効果も重要だ」といった、ヘックマンへの反論や疑問点が掲載されています。読んでいくと、必ずしも「ペリー就学前プロジェクト」から導き出された結論を絶対視できないということも分かります。

 

日本でも子供の貧困が問題になる中、最後には大竹教授による日本への示唆も。元々の英語版のタイトルは”GIVING KIDSA FAIR CHANCE”。何となく、日本版の帯を見ると教育意識の高い親が読むべき本かのような印象を受けますが、社会問題、貧困問題を考えたい人のための1冊です。